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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)322号 決定 1985年7月17日

抗告人

有限会社相模屋酒店

右代表者

梶ヶ谷政義

右代理人

柏木博

岩瀬外嗣雄

野々村久雄

相手方

株式会社エリートアンドスタンバレイ

右代表者

加藤三夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、相手方の申立を却下する。」との裁判を求めるというのであり、その理由は別紙抗告理由書(写)記載のとおりである。

二そこで本件申立ての当否について検討する。

1  記録によれば、抗告人代表者である梶ヶ谷政義は、昭和五六年三月一日抗告人の占有に係る梶ヶ谷所有の原決定添付物目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、抗告人の債権者である申立外新東酒販株式会社に対し根抵当権を設定し、同年六月一九日その旨の登記を経由したこと、梶ヶ谷は昭和五七年三月一七日本件建物を申立外北島吉春に売渡し、同年四月二三日所有権移転登記を経由した(なお、梶ヶ谷は、昭和五六年六月一五日その所有に係る別紙物件目録記載の土地建物(以下「別件不動産」という。)について申立外太陽信用金庫に対し、抗告人の債務を担保するため根抵当権を設定し、同月一六日その旨の登記を経由したが、梶ヶ谷は昭和五七年三月一七日本件建物と共に別件不動産も北島に売渡し、同年四月二三日所有権移転登記を経由した。

その一方、梶ヶ谷は、本件建物及び別件不動産について、北島に売渡後の同年三月二三日同人に対し自己の債務を担保するため抵当権を設定し、同日その旨の登記を経由した。)こと。抗告人は昭和五八年一月一日北島から本件建物について期間を同日から三年間とする短期賃借権の設定を受け、同年三月二日その旨の登記を経由した(なお、別件不動産の右根抵当権者である申立外太陽信用金庫は、昭和五八年一月二六日別件不動産について原審裁判所に競売の申立をしたが、それに先立ち昭和五七年一二月一六日滌除権者の一人として北島に対し民法三八一条所定の通知をした。)こと、右申立外会社からの申立てに基づき原審裁判所は、本件建物について昭和五八年七月二五日競売開始決定をなし、同日その旨の登記を経由した(別件不動産については昭和五八年一月二七日競売開始決定がなされた。)こと、右各競売事件は併合され、所定の手続をへて、昭和五九年一二月四日相手方に本件建物及び別件不動産の売却許可決定が言渡されたこと、相手方は昭和六〇年一月二八日代金を納入し、同年二月二日抗告人の占有する本件建物の引渡命令を申立てたこと、なお、右競売手続において、執行裁判所により選任された評価人宮本明太郎は本件建物について、当初、抗告人の短期賃借権の存在を理由に建物自体の価格算定の過程において三割の、敷地利用価格算定の過程において一割の各減価を行つたが、その後昭和五九年九月三日付評価書(補充)により、抗告人に対し引渡命令が出るものとして評価し直し、同裁判所はこれに基づき最低売却価額を定めたことが認められる。

2 ところで、民事執行法一八八条により準用される同法八三条一項本文にいう「債務者」は、競売手続上の形式的当事者である不動産「所有者」がこれに当ると解すべきであるが、右所有者と抵当権の被担保債権の債務者とが異なる場合の当該債務者は、不動産を占有する限り、所有者と同視して引渡命令の相手方となるものと解するのが、相当である。けだし、自己の債務の不履行によりその引当てとして不動産が売却され、所有者が所有権及び占有を失うこととなるにも拘らず、当の債務者が、不動産の引渡を拒絶できるというのは著しく衡平、信義に反するからである。

前記のとおり、本件建物に設定された根抵当権の被担保債権の債権者である抗告人は、本件建物の所有者と同視すべき者として引渡命令の相手方となるというべきである。

抗告人は、更に、所有者であつても買受人に実体上対抗できる権利を有する者は引渡命令の相手方から除外されるものであり、所有者と同視される者についても同様に解すべきところ、抗告人は短期賃借権をもつて相手方に対抗できるものである旨主張する。

しかし、右主張のように所有者と同一視すべき者が、買受人に対抗できる権原により抵当不動産を占有するときは、引渡命令の相手方とならないとするも、右権原が外形上抵当権の実行を妨げることを目的としたものと認められる場合は、権利を濫用するものとして買受人に対し右権原を主張することが許されないと解すべきである。

本件においてこれをみるに、抗告人が本件建物につき差押えの効力発生前にその所有者である北島吉春から短期賃借権の設定を受け、その旨の登記を経由したものであることは前記のとおりであるが、北島は本件建物買受後本件建物について抵当権を設定しているものであつて所有権取得は形式的なものと認められること、右賃借権の設定時期は差押えの効力発生前とはいえ、抗告人の債務履行状況が悪化し、右債務を担保する抗告人代表者所有の別件不動産について抵当権実行の通知が北島になされた直後であること、抗告人の本件建物の占有が北島に対する売渡及び右賃借権設定の前後において異同のないものであること等に徴すれば、右賃借権の設定は正常な短期賃借権の設定を目的としたものではなく、北島の抵当権に優先する抵当権の実行の妨害を目的としたものと認めるのが相当であり、これを買受人である相手方に主張することは許されないものというべきである。

したがつて、抗告人が本件建物について短期賃借権を有することをもつて引渡命令の相手方から除外すべき旨の主張は理由がない。

3  また、抗告人は、同人の短期賃借権が買受人に対抗できるものとしてされた評価に基づき本件不動産の競売が実施された点においても本件引渡命令が違法である旨主張するが、前記のとおりその前提を欠くものであつて、右主張も理由がない。

三よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官宍戸清七 裁判官豊島利夫 裁判官笹村將文)

抗告理由書

一 本件不動産引渡命令事件において申立人が、相手方を御庁昭和五八年(ケ)第一一二号、同一二〇三号不動産競売事件の債務者となつている抗告人である旨主張している点については、事実と合致する。

しかし、抵当権設定当時に本件不動産の所有者であつた梶ヶ谷政義は、同不動産を昭和五七年三月一七日(移転登記は同年四月二三日)北島吉春に売却し、以後は同人が本件不動産の所有者の地位を承継している。而して抗告人は上記北島から昭和五八年一月一日本件不動産を期間を同日から三年間、賃料一ケ月五万円の約定にて賃借し、同年三月二日には賃借権設定登記を経由した。

してみると、抗告人は民法第三九五条所定の短期賃借人として申立人に対抗しうる立場にあるのであるから、抗告人に対して不動産引渡命令を発するに足る要件が欠けているといわざるを得ない。

二 なお、民事執行法第八三条の解釈としては、債務者であつても競落人に実体法上対抗し得る権利を有する者は引渡命令の相手方から除外されると解すべきである〔注解民事執行法(3)二七一頁参照〕。

三 更に看過してならないことは、本件基本事件である不動産競売事件において、執行官による現況調査報告書には、抗告人が所有者北島吉春から本件不動産を昭和五八年一月一日から三年間として賃借し且つ現に占有していることを認める旨の記載がある(賃借権設定登記がなされていることは登記簿上明白である)。

しかして、上記報告書を受け、評価人宮本明太郎が作成して原裁判所に提出した不動産評価書には、本件不動産につき「借家人のいる負担」として三割の減価を、本件不動産の敷地については「借家人のいる負担」として一割の減価を各々明確にしている。そして、本件競売は上記評価に基づき実施された。

抗告人としては、原裁判所から競売手続による売却がなされた旨の告知をうけた時点では、当然同人の賃借権が競落人にも対抗力を有し、従つて不動産引渡命令手続にまでも移行することは有り得ないものと考えて売却決定に対する執行抗告にまでは及ばなかつたのである。

しかるに、今回原裁判所がなした申立人の抗告人に対する不動産引渡命令がそのまま維持されるということになると、上記評価に際しては抗告人の賃借権が競落人に対抗し得ることを前提としてなされていたのにもかかわらず、これと明らかに矛盾する結果を容認することとなる。換言すると、民事執行法第七一条六号の売却不許可事由が存したのにこれを看過してなされた違法な競売手続(名古屋高裁昭和五七・一一・一一決定、判例時報一〇六九号八七頁以下参照)がそのまま法認されて、まことに耐え難い法的矛盾が露呈したまま放置される結果となる。けだし、抗告人は本件不動産引渡命令の告知を受けて初めて前記売却不許可事由の存在を確知し得たのであり、この時点に至るまで抗告人には原裁判所のなした売却許可決定に対する適法な不服申立の機会が全く与えられなかつたに等しいからである。

四 如上の諸点に鑑みると、申立人は抗告人に対して不動産引渡命令を求め得る立場にはないにもかかわらず原裁判所は引渡命令を決定するという誤りを犯したものである(東京高裁昭和五六・一一・二〇判タ四五九号六一頁参照)。よつて抗告人は、原裁判所がなした不動産引渡命令の決定の取消しを求めるため本件執行抗告に及んだ次第である。

物件目録<省略>

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